1973年1月ジャマイカ。22日の世界ヘビー級タイトルマッチを控え、キングストンの街は世界中から注目され、かつてない喧騒の最中にあった。王者ジョー・フレージャー(米)にとってはこれが10度目の王座防衛戦となる。
「君だってアリやパターソンをやっつける日はくるよ。タイトルだって、2年待てばきっと挑戦できる。だが、それには俺の言うことを聞くんだ」
ヤング・ダーハム氏はフレージャーにこう言って、マネジャー兼トレーナーを引き受けた。プロ入り以来、ダーハムの決めたマッチメイクとトレーニングで、ジョーは世界王座をものにした。このあたりは挑戦者フォアマンと似かよる。
自分勝手が強いが、まずい結果の責任だけは他に求めるボクサーは、大事なとき勝てない。
250万ドル(9億円)のファイトマネーを得て、あのモハメッド・アリ(米)に勝ったフレージャーだが、アリとの再戦契約書に書かれていたファイトマネーは双方75万ドル(約2億2千5百万円=73年レート)。
第1戦の興行収益を知る二人は、再戦にはやぶさかではないが、ファイトマネーのつり上げを狙い、その時を待っていた。フレージャーはなるたけ金になる挑戦者と防衛戦はしたが、その挑戦資格が問題とされ、WBCから早期に挑戦資格者との対戦を義務付けられていた。
そこに飛び込んできたのが、ジョージ・フォアマン(米)との対戦話。ジョーのファイトマネー85万ドル(2億5千5百万円)はアリ戦に継ぐ高額だ。金メダリスト同士の対戦という話題性もあり、挑戦者にも破格の37万5千ドル(約1億1千2百万円)が支払われる。
「ヤツはでかいし、強いかもしれない。しかし俺の前で立ち続けることはできないだろう。これまでどんなタイプの相手とやっても負けなかったんだからな」
自信満々のチャンピオンは、絶好調との見方がなされていた。
「フレージャーは確かに立派なチャンピオンだ。でもヘビー級のチャンピオンはせいぜい2、3年がタイトルを持てる限度だよ。今度はこっちが王座に就く時期がきてるんだ」
こう言い放った挑戦者はスパーリングでもパートナーを滅多打ち。仕上げを前に、スパー相手がいなくなってしまったのは誤算だったが。それでも、「フレージャーは簡単に勝てると思っている。そこがこっちのつけ目さ」と自信を隠さなかった。
フォアマンのウェイトは98.7キロ。最近では一番絞ってきた。対するフレージャーは97.1キロ。アリ戦では93.2キロだったチャンピオンは2年間で4キロ増量。元々ヘビー級では小柄(182センチ)なジョーにとって、これはよくない。
アリに勝った自信と、その後の楽な試合が、万全の備えを忘れさせていたのかもしれない。
賭け率は5-2でフレージャー有利から、3.5-1へと縮まった。地元のファンは、「フォアマンに勝たせたい」。それは、「モハマッド・アリは俺たち黒人の仲間だった。フレージャーは俺たちのチャンピオンを痛めつけた。だからフォアマンに何とかかカタキを討ってほしいんだ」との願いである。
午後10時、キングストンのナショナル・スタジアム、グランド中央に特設されたリングで両雄が向かい合う。にらみつけるフレージャーを、瞬きひとつせずフォアマンは受け止めた。チャンピオンに劣らぬ風格と自信。
リングサイドはどよめいた。これはひょっとすると。
まさかの結末。挑戦者の右アッパーは、よくチャンピオンを研究していた。それにしても、”ブレーキを忘れた男”フレージャーが、こんなにも簡単に倒されるとは。
”キングストンの惨劇”は、世界中に衝撃を与えた。
アリは、「俺がやっつけたフレージャーが、そんなに痛んでいるとは考えてもみなかったよ」。そして、「オリンピックを卒業したばかりのフォアマンは、俺とやりたがらないだろう」と付け加えた。
ぶざまに打ちのめされて王座を失ったフレージャーは短く言った。「まだで直すさ・・・」。
24歳の新王者はボクシングを始めて、まだ5年あまりしか経っていない。キャリア1年でのオリンピック制覇。この影にはマネジャー兼トレーナーのディック・サドラー氏がいる。二人の出会いは1968年の初め。メキシコ五輪の年である。
ボクシング初心者フォアマンの、「オリンピックで金メダルを取りたい」という希望を、サドラーは手伝い実現させた。プロ入りに際し、引く手あまたの金メダリストは、巨額の契約金もつまれたが動じることなく、サドラーとのコンビを選択。
「俺を信じてついてこい。俺は口では教えないんだ。やることを見て、納得いったならば黙ってついてこい」
そんなサドラーは新王者に対しこう述べている。「もっと基本を忠実に教え込みたいんだ」。
その頃アリは、ジョー・バグナー(英)との対戦を控え、そのひと月後には、キングストンでフレージャーのスパーリング・パートナーを務めた、ケン・ノートン(米)との対戦を決めていた。
複雑な想いと、人間模様、ビジネスが絡みあうヘビー級戦線。アリに勝った自信と、世界チャンピオンの座は、人間の心を大きく変えていく。
世界ヘビー級王者フォアマンの初防衛戦は東京と決まった。
応援、深く感謝です!【TOP】
「君だってアリやパターソンをやっつける日はくるよ。タイトルだって、2年待てばきっと挑戦できる。だが、それには俺の言うことを聞くんだ」
ヤング・ダーハム氏はフレージャーにこう言って、マネジャー兼トレーナーを引き受けた。プロ入り以来、ダーハムの決めたマッチメイクとトレーニングで、ジョーは世界王座をものにした。このあたりは挑戦者フォアマンと似かよる。
自分勝手が強いが、まずい結果の責任だけは他に求めるボクサーは、大事なとき勝てない。
250万ドル(9億円)のファイトマネーを得て、あのモハメッド・アリ(米)に勝ったフレージャーだが、アリとの再戦契約書に書かれていたファイトマネーは双方75万ドル(約2億2千5百万円=73年レート)。
第1戦の興行収益を知る二人は、再戦にはやぶさかではないが、ファイトマネーのつり上げを狙い、その時を待っていた。フレージャーはなるたけ金になる挑戦者と防衛戦はしたが、その挑戦資格が問題とされ、WBCから早期に挑戦資格者との対戦を義務付けられていた。
そこに飛び込んできたのが、ジョージ・フォアマン(米)との対戦話。ジョーのファイトマネー85万ドル(2億5千5百万円)はアリ戦に継ぐ高額だ。金メダリスト同士の対戦という話題性もあり、挑戦者にも破格の37万5千ドル(約1億1千2百万円)が支払われる。
「ヤツはでかいし、強いかもしれない。しかし俺の前で立ち続けることはできないだろう。これまでどんなタイプの相手とやっても負けなかったんだからな」
自信満々のチャンピオンは、絶好調との見方がなされていた。
「フレージャーは確かに立派なチャンピオンだ。でもヘビー級のチャンピオンはせいぜい2、3年がタイトルを持てる限度だよ。今度はこっちが王座に就く時期がきてるんだ」
こう言い放った挑戦者はスパーリングでもパートナーを滅多打ち。仕上げを前に、スパー相手がいなくなってしまったのは誤算だったが。それでも、「フレージャーは簡単に勝てると思っている。そこがこっちのつけ目さ」と自信を隠さなかった。
フォアマンのウェイトは98.7キロ。最近では一番絞ってきた。対するフレージャーは97.1キロ。アリ戦では93.2キロだったチャンピオンは2年間で4キロ増量。元々ヘビー級では小柄(182センチ)なジョーにとって、これはよくない。
アリに勝った自信と、その後の楽な試合が、万全の備えを忘れさせていたのかもしれない。
賭け率は5-2でフレージャー有利から、3.5-1へと縮まった。地元のファンは、「フォアマンに勝たせたい」。それは、「モハマッド・アリは俺たち黒人の仲間だった。フレージャーは俺たちのチャンピオンを痛めつけた。だからフォアマンに何とかかカタキを討ってほしいんだ」との願いである。
午後10時、キングストンのナショナル・スタジアム、グランド中央に特設されたリングで両雄が向かい合う。にらみつけるフレージャーを、瞬きひとつせずフォアマンは受け止めた。チャンピオンに劣らぬ風格と自信。
リングサイドはどよめいた。これはひょっとすると。
まさかの結末。挑戦者の右アッパーは、よくチャンピオンを研究していた。それにしても、”ブレーキを忘れた男”フレージャーが、こんなにも簡単に倒されるとは。
”キングストンの惨劇”は、世界中に衝撃を与えた。
アリは、「俺がやっつけたフレージャーが、そんなに痛んでいるとは考えてもみなかったよ」。そして、「オリンピックを卒業したばかりのフォアマンは、俺とやりたがらないだろう」と付け加えた。
ぶざまに打ちのめされて王座を失ったフレージャーは短く言った。「まだで直すさ・・・」。
24歳の新王者はボクシングを始めて、まだ5年あまりしか経っていない。キャリア1年でのオリンピック制覇。この影にはマネジャー兼トレーナーのディック・サドラー氏がいる。二人の出会いは1968年の初め。メキシコ五輪の年である。
ボクシング初心者フォアマンの、「オリンピックで金メダルを取りたい」という希望を、サドラーは手伝い実現させた。プロ入りに際し、引く手あまたの金メダリストは、巨額の契約金もつまれたが動じることなく、サドラーとのコンビを選択。
「俺を信じてついてこい。俺は口では教えないんだ。やることを見て、納得いったならば黙ってついてこい」
そんなサドラーは新王者に対しこう述べている。「もっと基本を忠実に教え込みたいんだ」。
その頃アリは、ジョー・バグナー(英)との対戦を控え、そのひと月後には、キングストンでフレージャーのスパーリング・パートナーを務めた、ケン・ノートン(米)との対戦を決めていた。
複雑な想いと、人間模様、ビジネスが絡みあうヘビー級戦線。アリに勝った自信と、世界チャンピオンの座は、人間の心を大きく変えていく。
世界ヘビー級王者フォアマンの初防衛戦は東京と決まった。
応援、深く感謝です!【TOP】