8月25日、ロンドン五輪ボクシング男子ミドル級金メダリスト・村田諒太(三迫)選手は、東洋・太平洋ミドル級王者柴田明雄(ワタナベ)選手を2回TKOに破り、華々しくデビュー戦を飾った。デビュー3戦目まで国内で戦うという金メダリストの報酬は、3試合で6千万円といわれている。
1万人以上のキャパシティがある試合会場・有明コロシアムのチケット料金は、最高のリングサイド席2万円から、最低5千円に設定。しかし、主催者発表による観衆は4500人と、こちらもTV視聴率6,6%同様厳しい数字となった。
世界タイトルマッチのRS席が、5万円、3万円というのも当たり前となって久しいが、ボクシングのRS席が2万円になった最初の世界戦は、1973年4月20日、大阪府立体育館で行なわれた同門ジム同士による”親友対決”、輪島功一(三迫)vs 龍 反町(野口)の世界Sウェルター級タイトルマッチが最初。
特例として、72年4月に開催されたカシアス・クレイ(米)vsマック・フォスター(米)のヘビー級ノンタイトル15回戦(日本武道館)の3万円があるが、これを別格として記録を見ると、それまでの最高は70年8月のWBA世界Sフェザー級タイトルマッチ。小林 弘 (中村)vsアントニオ・アマヤ(パナマ)戦の1万2千円。
これはキャパシティの小さい後楽園ホールが試合場となったためで、当時の相場は1万円。それでも高いという声があったのが実情である。
輪島vs反町戦は、いわゆる売り興行で、関西の神林ジム・神林隆夫会長が窓口。73年は高度成長期の真っ只中で、まさか、”オイルショック”が日本を襲い、”狂乱物価”と呼ばれる時代を迎えようなどとは、国民の誰もが考えていない。
興行権を買ったプロモーターが、損害を被らないために打ち出されたRS席2万円。セミファイナルには地元の金沢英雄(神林)選手が東洋王座防衛戦に出る。大阪で開催される3度目の世界戦は、世界、東洋のダブルタイトルマッチ。
「いくらいいカードでも2万円は高い。ボクシング界の現状を見たら、そんな強気なことを言えないと思うが」
「1万円が限度。世界戦は欠かさず見に行っているが、今回は我慢してテレビ観戦にする」
それでもチケットは売れた。700席用意されたRS席は発売2日で完売。大阪府立体育館は8千人の観衆で埋まり興行は大成功。TV視聴率は31.7%を記録した。
1973年。ボクシングマガジンは300円。都バスが40円。パチンコ玉は値上げして3円、大卒初任給6万3499円という時代でした。
さて、今後大いに期待がかかる金メダリスト村田選手。ボクシング・ビジネスの世界最高峰、最前線で活躍して来たボブ・アラム氏は、ちょっぴり寂しい会場の入りを見て何を思ったことだろうか。そこを気にせずにはいられません。(^_^;)
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